26.成田に着いて・・・そして帰宅



無事に成田に着いて、インド帰りということで、簡単な検疫を受けて

無事開放。もう日本時間に22時を過ぎている。

友人Yもさすがに実家(愛知)に帰るすべが無いので、

私の家に宿泊ということになった。

ちなみに友人Yは翌日も仕事は休みなのだが、私は

 

明日から仕事だ(ToT)

 

さぁ、さっさと電車に・・・・30分後か。

京成線の特急22時45分発に乗り込む。

もう、二人とも、電車の中ではぐっすり。日本って本当に安全な国だなと感じる。

そして日暮里に着いたのがちょうど深夜0時。

コンビにを閉めようとする兄さんを説得して、食料を買い込む。

多分、私達と同じ電車で乗って来て、数十秒送れでコンビニに入ろうとしていた

兄さんは、入店拒否されていた。ぎりぎりセーフ。

最寄り駅から、タクシーに乗ったら、家まで、買い物する場所がないのだから、仕様がない。

 

そして、無事、食料買い込みを終えた私達は、山手線に乗り換え、駅からは、タクシーで。

 

・・・・・家だ。

 

やっとたどりついたという感じ。

 

で、さっそくスーツケースを放り出し、

私の愛機VAIO−W(通称:だぼ〜)を立ち上げ、デジカメのチェック。

 

もう、数日前の出来事なのに、すごく懐かしい!

あいかわらず、友人Yときゃいきゃい話つつ、ガイド氏の思い出話でもしながら、

就寝したのが3時過ぎ。

 

が・・・・私は目覚めがよろしい。

 

翌朝、7時ぴったりに目が覚める。

一瞬定時で出勤できるなぁと考えたが、友人Yがまだ寝ていたので

1時間遅刻して行くかと思い直す。

 

なんとか、友人Yも8時過ぎには目を覚まし、

友人Yはスーツケースを持ち、私は、出勤スタイルで自宅を出発。

また、年末にでも会おうと約束し、東京駅で別れる。

 

 

あぁ、本当にこれで、旅も終わり。もう、今から、職場に行って

土産物配り仕事だ。

 

本当に長いような、短いような旅であった。

 

 

 

・・・追記

 

この日の夜(92日)、仕事を終えて帰るとニュースがやっていた。

なんと、ネパールのカトマンズで暴動が起きていて、街中が大変なことに

なっているとの報道がされていた・・・・。

 

もし、私たちの旅行の行き先がネパールだったら、91日はモロに

カトマンズにいる予定だったのだ。

 

・・・・・・・命拾いだぁ・・・・・。

 

そうかぁ・・・・。

私が、デリー→香港行きの飛行機の中でヒマラヤを見て感動していたころ、

その地では暴動が起きていて、避難命令まで出ていたのかぁ。

 

後になって、恐怖はこみ上げてくるものだなと感じた92日の夜であった。




★前ページ  ★次ページ   ★インドTOP   ★インド旅行記TOP   ★Home